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“ガチ勢”って言葉に感じた違和感
2025年7月25日
ブログ

おはようございます☀️

 

なんと、1ヶ月毎日ブログ更新を達成したkouです!

 

まだまだ続けていきますので、これからも読みに来てくださいね✌️😌

 

 

 

 

最近、何かと耳にする言葉がある。「ガチ勢」。

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ゲーム、アニメ、スポーツ、筋トレ、キャンプ、推し活…

どんなジャンルでも、ある一定の熱量で取り組んでいる人に対して

「ガチ勢」というレッテルが貼られる。

 

最初は、単なる“本気でやってる人”って意味くらいで受け止めていた。

でもあるとき、自分が好きでやっていることに対して

「うわ、それガチ勢ですね〜」

と軽いノリで言われた瞬間、妙な違和感が胸の奥に残った。

 

たぶん、それって「本気をちょっと遠巻きに見てる言葉」だからなんだと思う。

本気でやることが、なぜか浮いてしまう

 

たとえば、僕はブログを書くのが好きだ。

 

時間を見つけては書いて、投稿して、たまに伸びるとニヤッとして、

うまくいかなくてもまた挑戦して。

でも、ある人に「そんなに更新してるんだ?ガチ勢やん(笑)」と言われた時、

ほんの少しだけ、熱が冷めたような気がした。

 

もちろん、悪気がないのは分かってる。

 

でも「ガチ勢」という言葉の裏には、どこか「そこまでしなくてもいいのに」

というニュアンスがあるように感じてしまうんだ。

 

“本気で楽しむ”って、実はすごく尊い

 

僕は、何かに熱中している人を見るのが好きだ。kobe-clata-jOni1x4kI0o-unsplash

 

自作キーボードに命をかけてる人

1杯のコーヒーを淹れるために豆からこだわる人

ダンスの1ステップに何時間も費やす人…。

 

そういう人たちの瞳って、すごく真っ直ぐで、眩しい。

そんな姿を「ガチ勢」でくくるのって、もったいないと思う。

だって、何かを“本気で好き”でいるって、ものすごく難しいことだから。

 

本気には理由がある

 

昔、僕がある分野でコツコツ頑張ってた時期がある。

誰も注目してなかったし、成果も見えなかったけど、それでも続けた。

「誰かに見られてるから」とか「評価されたいから」じゃなくて、

「やりたいからやってる」だけだった。

その時も、何人かに言われた。「あいつ、ガチすぎてちょっと引くわ」って。masjid-maba-KS__5nTFn-M-unsplash

でも思うんです。

「ガチ」とか「オタク」とか「変わってる」って言葉って、

本当は“よく知らないものを距離置いて見てる”だけなんじゃないかって。

 

もしも、心の底から何かを好きでいる人のことを、

“ガチ勢”って軽く呼ぶことで、自分の無関心を正当化してるとしたら、ちょっと寂しいよね。

 

僕は“ガチ”でいたい

 

たとえ「ガチ勢」と言われても、僕はこれからも本気でいたい。

ブログも、仕事も、人との関わりも。

興味があることには深く潜って、自分の好きに忠実でいたいと思う。

それがちょっと浮いて見えてもいい。

「引かれる」と思われても構わない。

誰かが真剣に打ち込んでるものを、僕はちゃんと尊敬していたいし、

そんな人たちと繋がっていたい。

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最後に

 

“ガチ勢”という言葉に、僕がなぜモヤモヤしていたのか。

それは、言葉がラベルになって、本気の中身を見えなくしてしまうからだと思う。

 

本気には、その人だけの物語がある。

苦しさも、楽しさも、全部を通って「好き」が続いてる。

そういう気持ちに、僕はちゃんと向き合っていたい。

だから今日も、ブログを書く。

僕にとってそれは、“ガチ”じゃなくて、“好き”だから。

 

 

 

 

それではまた次の投稿でお会いしましょ〜

 

 

 

アデュー! (~ ̄▽ ̄)~

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kou.

kou.

車でどこまででも行ってしまう旅行好きのアウトドア人間 日々「エモさ と 新しいこと」を探し続けています。 よろしくお願いします。